大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和27年(う)343号 判決 1952年11月18日

控訴人 被告人 森岡庄司

弁護人 竹野竹三郎

検察官 米野操関与

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

弁護人竹野竹三郎の控訴趣意第二点について。

原判決が、建物の一部の仮処分において、いわゆる現状の変更ありというのは本件のように住居でない場合においては単に形体だけでなく使用状況を含めて観察判定すべきであり、店舗の使用状況を全く変更する手段としたような場合にはたとえ形体的には些少の変更であつても現状の変更ありと解すべきものとし、本件三畳の板敷部分に畳を敷いたこと及び店舗屋根上に公益社なる看板の掲出をもつて仮処分にいわゆる「現状の変更あり」と判定したことは所論のとおりである。

ところで原判決挙示の証拠及び当審における事実取調の結果によると本件仮処分は川村サトから被告人等に対する家屋明渡請求訴訟の勝訴判決の執行を保全するためなされたものであり、その対象はかねて被告人が前田治三郎から転借していた原判示道路に面した部分たる室であつて(原判決では店舗と判示してあるが仮処分決定では明らかに室との記載がある。)土間とこれに隣接する高さ一尺位の三畳位の板張部分を指称すること及び右板張部分の内一畳分は敷居に比し畳厚さ分だけ低く粗面五分板が敷並べてあり一見畳敷用板間なるに対し、他の一畳分は敷居同高の板床になつており、本件仮処分後被告人において畳敷用板間に二帖の畳を敷き他の一畳分板床に上敷を敷いたものであるが、いずれも容易に撤去し得る状態にあつたこと、さらに原判示公益社と表示する看板は道路に面した屋根上に掲げられてあり右いわゆる室とは何ら関係のないことがそれぞれ窺われるのである。思うに刑法第九十六条にいわゆる「公務員の施した差押の標示を無効ならしめた」というのは標示そのものを物質的に害さなくてもその効力を事実上滅却しまたは減殺した場合をも包含するものと解すべきであるから、仮処分標示において仮処分債務者の使用を許容する条件として現状の変更を禁じてある以上は形体上どんな些少な変更であつても一応これに該当し差押標示を実効なからしめたものとして同条の要件を具備するもののごとくであるが、仔細に考察すると必ずしも一概にしかく断定するを得ないものがある。

すなわち仮処分が本件のような建物の一部である場合それ自体の変更たとえば床を落し土間としたりその反対のような変更は別問題であるが、そうでなくそれ以外の所在物体の状況等を全然変更しないで使用するということは建物の社会生活上占める役割に鑑みほとんど不可能であるのみならず、本件のように執行吏が係争中の室を一応自己の保管に移しさらにこれを現状不変更を条件として従来どおり使用を許すのは、本案訴訟たる家屋明渡勝訴判決に基いて強制執行をしようとする場合に占有が第三者に転々したり、あるいは現状が著しく変更することにより執行が不能になつたり著しく困難となることを未然に防止する保全手段であり、従つてかかる恐れの全然ないような動産を置くことによる室内状況の些少の変更のごときは仮処分によつて保全しようとする目的とは何ら背馳牴触することはないから特別の事情のないかぎり仮処分にいわゆる現状の変更なしと判定すべきであり、さらに強制執行は性質上債務者の意思とは無関係に実施されるものであるから本案判決執行の難易は主として客観的外形によるべく特別の事情がないかぎり形体異動に関する債務者の意図がどこにあるかというような点は必ずしも重視するを要しないものというべく、これを要するに仮処分における現状変更の有無の限界は仮処分の対象自体に関するかどうかということ及びその形体異動の客観的状況と共に使用を許した本来の趣旨と仮処分による保全目的との調和点において健全な社会通念に従い妥当に判定すべきである。

これを本件にみるに(一)冒頭屋根上の看板の点は仮処分の対象たる室の範囲外なること明白であるから仮処分執行の効力の及ぶべきいわれはないし、また(二)畳上敷等三枚は勝訴判決に基ずき室自体の明渡執行をする場合でもこれが撤去はきわめて容易であり、少くともこれあるのゆえをもつて執行の困難をきたすとはとうてい考えられないのみならず、叙上畳敷用板張部分等に畳等を敷き使用に便利ならしめることはいやしくも室の使用を許容する以上、社会通念上当然許容さるべき範囲内と解すべきであるから、特別事情の認め得ない本件にあつては前叙の理によりいわゆる「現状の変更あり」とはとうてい認め難く、以上結論は被告人が畳上敷を敷くに至つた目的が従来久しく使用していなかつた本件室をあらたに葬儀業の店舗としようとするに至つたためであると否とによつて差異を生ずるものではない。

しかるに原判決が以上看板の掲出及び畳等を敷いたことをもつて仮処分にいわゆる現状の変更をしたものと認定したのは判決に影響すべき事情の誤認ありというの外なく論旨はその理由がある。

よつて爾余の控訴趣意に対する判断を省略し刑事訴訟法第三九七条第三八二条第四〇〇条但書により原判決を破棄しさらに判決をする。本件公訴事実たる被告人の所為は何ら仮処分の標示を無効ならしめたものというを得ず従つて罪とならないから刑事訴訟法第四〇四条第三三六条に則り無罪を言渡すべきである。

(裁判長判事 梶田幸治 判事 井関照夫 判事 竹中義郎)

弁護人竹野竹三郎の控訴趣意

第一点原判決は判決に影響を及ぼすべき重要な事実の誤認及法律の違反があると思います。

原判決理由に依ると「被告人は奈良地方裁判所々属執行吏東本道造が債権者川村サトの委任に依つて昭和二十四年(ヨ)第一〇〇号仮処分申請事件の仮処分決定正本に基いて奈良市高天市町十五番地前田治三郎方で同人から被告人が転借している同家表店舗に就て被告人を債務者として被告人の占有を解き右執行吏の保管に付し執行吏はその保管の方法として被告人使用の前記店舗の現状を変更せず又之を第三者に使用させないことを条件として同店舗を被告人に使用せしめ、且その旨の公示書を前記前田方に貼付した仮処分の執行を為した」ものと認定せられたけれども判示引用に係る証拠に依つては右判示事実を認めることができないと思う。元来本件仮処分の目的なる被告人が使用している「室」たる判示店舗は仮処分の執行をしたと云う昭和二十四年十二月二十八日当時被告人以外の第三者が現実占有し又は被告人外四人が共同占有(共有)をしていたので事実上及法律上執行吏が被告人の占有を解き執行吏の保管に付することができないから元々執行不能に帰したものである。即ち判示証拠に依つては被告人は前示日時判示前田治三郎方家屋表店舗を単独占有していたのではなくて訴外前田吉夫が営業者となつて匿名組合員の被告人訴外河口実、国貞憲治、岩井時善から金銭労務又は店舗等現物の出資を受け昭和二十四年十二月二十八日当時商号を公益社と称する葬儀業を営む為被告人から同月中旬頃現物出資として引渡を受けた訴外前田治三郎より転借中の同家表店舗に於て営業の準備中、右店舗を現実占有していた事実を看取することができるし又訴外前田吉夫は右営業者ではなく被告人が訴外前田吉夫、河口実、国貞憲治及岩井時善の四人と各自金銭労務現物等の出資を為して共同の事業として公益社と称する商号で葬儀業を営むことを約した上昭和二十四年十二月中旬頃組合事業の為予て訴外前田治三郎から転借していた同家表店舗を現物出資して組合に提供引渡し右組合員四人と右店舗を現実共同占有(共有)をしていた事実を認めることも妨げないから(殊に証第一号証協定書記載検事山中幸夫作成前田吉夫、被告人の各供述調書、原審証人前田治三郎、河口実、川村勝太郎の各証言及被告人の原審公廷の供述援用)前者の場合は判示店舗に付被告人の占有を解き執行吏の保管に付することが全然不可能であり又後者の場合は判示店舗に付組合員の被告人外四名が共同占有(物権)をなし法律上該店舗の占有権を共有するものと解すべきであつてその法律関係は原判決説示の如き不可分債務関係としての民法第四二八条及第四二九条の律意を適用(擬律錯誤)すべきでない物権の共同占有関係であるから右組合員の共同占有者の全員を共同債務者として即ち所謂必要的共同訴訟としてその数人の共同占有者全員の占有を解き執行吏の保管に付すべきであるのにその共同占有者の一人たる被告人のみの占有を解き執行吏の保管に付そうとしても事実上及法律上できないことで本件仮処分の執行は全く不能に終つたのであつて而も執行吏東本道造が仮令公務員の職務執行として判示店舗に付き被告人の占有を解き執行吏の保管に付したる旨記載したる仮処分執行調書を作成し且判示仮処分の公示書を貼付して仮処分の標示を施すも右不能の執行が可能となり又は有効となるべきものではなく本件仮処分の標示は当初からその効力を生じないものと謂わねばならないから、縦し被告人が判示店舗右側板敷に畳三枚を入れ且つ同店舗屋上に公益社と記載した看板を掲げたとするも判示差押標示無効の犯罪を構成するに由がない。仍て被告人に対し無罪の判決を賜るべき筋合のものと存ずる次第であります。

第二点原判決は判決に影響を及ぼすべき重要な事実の誤認及び法律の違背の違法があると思います。

(一)原判決理由に依ると「被告人は十二月末日頃当時河口実、前田吉夫等四名と共同して前示店舗で公益社と言う名称で葬儀業を営む為前記河口等と右店舗右側板敷に畳三枚を入れ云々、その状態を変更し以て前記仮処分の標示を無効ならしめたもの」と認定せられたけれども一件記録中仮処分執行調書には右畳三帖の間の板敷に関しては何等記載なく又昭和二十五年一月十日附仮処分物件点検調書中にも現状の変更が畳三帖敷に少しも触れていないし第十一回公判調書中被告人の原審公廷の供述中裁判官の「(問) 実際開業したのは何時か (答) 十二月三十一日です仮処分の後畳を三枚入れただけですこの畳も河口の所に預けてありました(問)薬屋をして居た時畳は(答)前田治三郎家のを借用して居りました後で慥えて貰い河口の家へおいときました」とある「仮処分の後」は当弁護人の聞き違えかも知れないが「仮処分の前」の誤記ではないかと思いますが検事山中幸夫作成被告人の供述調書中「九、私達の方では本年一月七日から公益社という名義で葬儀屋を始めましたがその間に昨年十二月二十五日頃から前田吉夫が一旦取り外した板敷の間の処に板張りをし畳三枚を並べたのであります」及昭和二十六年四月十八日検証調書中「立会人森岡庄司の説明はシヨーウインドは薬屋をして居た時から現在のまゝで三帖の間は薬屋をするに付て床を外しましたが葬儀屋をするに付て昭和二十四年十二月十日頃私が指図して前田吉夫に元の三帖の間にさせました」各記載の通り既に仮処分前から判示店舗右側板敷に畳が敷かれてあつたことを窺知することができ、尚原審証人前田治三郎の「(答)森岡さんが薬の販売に失敗し製薬をして居りましたがこれも駄目でしたそれから五ケ月か半期(六ケ月の意)程来ませんでしたが十二月十五日ひよつこり来ましたその時私は留守でありまして帰つて来ると店が片附いて居り前田吉夫と森岡二人が来て居りましたその晩三帖の間も棚も出来て居りました云々(問)十二月十五日という事は何うして記憶があるのか(答)その日私が郡山に行き帰つて来ると戸が開いて居て荷物を運んで居りましたから良く知つて居ります」(第三回公判調書)、原審証人河口実の「(問)営業(葬儀屋)の準備は何時からか(答)二十四年十二月十四、五日頃から営業の準備をいたしました(問)準備とは何をしたか(答)葬儀用具を入れ、店舗を変へました(問)店舗の北側の三帖は造作の変更をしたか(答)私が始め居た時は座敷になつて居りました(問)証人が店へ出入りしたのは何時頃からか(答)十二月十五日頃からちよいちよい出入り致しました」云々「(問)仮処分を受けた後店の模様は変つたか(答)家の構造は変つていません」「(問)店舗の北側の三帖は何に使用していたか(答)仮処分前から店舗に使用して居りました」「裁判官は証人に対し(問)準備をする時作つたのか(答)元から座敷であつたのを床を落してあつたのを元通り入れたのです(問)それは何時か(答)十二月の中頃です」(第四回公判調書)の各証言に徴するも亦同様仮処分前に判示板敷に畳が敷かれてあつたことを看取できる。これに牴触する原審証人石黒英雄同じく川村勝太郎の各証言部分は孰れも同証人の夫々利害関係の立場もあること故これを輙く措信し難く右認定を覆えすに足らないから原判決は判決に影響を及ぼすべき重要な事実の誤認の違法あるものと謂わねばならない。

(二)仮に判示認定の如く被告人が昭和二十四年十二月末日頃訴外河口等と右店舗右側板敷に畳三帖を入れたとするもこれを以て判示店舗の現状を変更したものと為すのは牽強附会で余りにも無理な認定と謂わねばならない。事実は従前畳を敷いてあつた板床に十二月中旬頃再び畳三帖を敷いた丈で而も何時にても容易に取除くことも持運ぶことも出来る可動的に並べてあつたまでのことが明かであるから(昭和二五、一一、二四検証調書記載原裁判所作成検証調書援用)原判決説示の如き「些少の型態上の更変」と謂い得ることすら疑しく況んや大袈裟の判「店示舗の使用状況の全き変更の手段」とも認められない。而して原判決理由に依ると「執行吏はその保管の方法として被告人使用の前記店舗の現状を変更せず亦これを第三者に使用させないことを条件として同店舗を被告人に使用せしめ」たのであつてその所謂「店舗の現状」とは仮処分の執行当時に於ける判示店舗の現在的状態換言すれば現に存在する即物的性質及形状自体を指称し判示趣旨の如き店舗の使用状況即ち店舗周囲附近の有様情景等を意味するものではないと解すべきであるから仮処分の執行当時に於ける現在の判示店舗右側板敷の性質及形状自体にして変りがない以上縦しその使用状況に些少の差異が生じても差支えないものと謂い得る処、判示板敷に畳三枚を敷いた程度の板敷の使用は未だ板敷の即物的性質及形状自体を何ら変更するものではなくむしろ被告人に使用を許されたる範囲を出てないと認むべきであるから所謂判示店舗の現状を変更したものと謂うことはできない。

加之家屋明渡請求を保全するための仮処分に於て現状の変更を許さないのは係争物件の現状の変更に依り権利の実行を為すことができなくなり又はこれを為すに著しき困難を生ずべきことを防止する為め又継続する権利関係に付著しき損害を避け若くは急迫な強暴を防ぐ為又は其他の理由に依り係争の権利関係について仮の地位を定める為に為すのであつて見れば判示板敷に畳三枚を入れた程度の使用はその使途又は用方が何であるとを問はず未だ右仮処分の必要性及権利保全の目的の孰れにも反しないことであるから勿論判示店舗の現状の変更と認めることはできない。

(三)更に原判決理由に依ると「同店舗屋上に公益社と記載した看板を掲げてその状態を変更し」たものと認定せられたけれども判示看板(曲尺縦二尺五寸横八尺位)の掲揚を以ては階下屋内の判示店舗の現状に何等変更を生じないことは謂うまでもないのに原判決説示に依ると「看板の掲揚に付ても若し被告人が従来前示店舗を住居として使用していたならば該看板は室外而も屋上であるから判示仮処分標示の被告人使用の居室と言う観念に包含さるべくもないが被告人は従来該店舗を薬店として充当し且その際同一場所に薬品を記載した看板をあげていたのであるから前述の様に右看板も前記仮処分標示の被告人使用の「室」の中に包含しているもの」とせられたのはその意を解するに苦しむ処で牽強附会は固より事実の錯覚誤認も甚だしいと思います。成程看板を家屋の屋根上に掲げたことに因り判示店舗の外観が多少変るところあるにしてもそれは叙上説明の如く現状の変更でないことではありその場所も仮処分表示の目的外の屋上であつて右看板が被告人使用の「室」の中に包含されているものとは観念的にも現実的にも到底認めることができないから判示店舗の現状の変更と謂うことはできない。

第三点仮に被告人が判示認定の如く判示店舗右側板敷に畳三枚を入れ且同店舗屋上に前記看板を掲げてその現状を変更したものとするもそれは被告人が法律事実の錯誤に依り判示店舗の現状の変更とはならないと過信し之を為したるものであるから過失によつて右事態を致したるものと謂わねばならないから当然被告人を無罪と為すべきものと信じます。

然るに原判決は被告人が判示店舗の現状を変更し以て仮処分の標示を無効ならしめたるものとして被告人を差押標示無効に断罪したるは判決に影響を及ぼすべき重要な事実の誤認と法律の解釈適用を誤りたる法令の違反があると信じます。されば原判決を破棄し被告人を無罪の言渡相成度く又は本件事案に付当審に於て更に事実調査の為め相当と認めらるべき関係証人訊問及現場検証の証拠調相成度く請求致しますと同時に原裁判所に又は他の裁判所に事件を移送若くは原判決破棄の上自判相成度く切にお願いします。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例